平安時代 貴族の和菓子・京菓子

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京都の美味しい 御所 和菓子の歴史 のお菓子

平安時代 貴族の和菓子・京菓子

平安のお姫さまはどんなものを食べていたの?

平安時代 貴族の和菓子・京菓子平安時代。京都で、帝と貴族が王朝文化を花開かせた頃。十二単を着た美しいお姫さまや、光源氏のようなステキな殿方。いったいどういう食事をしていたのでしょうか?

とても豪華な食事をしていたんだそうです。20皿くらいのフルコース。うずらの汁やら、ハマグリ、マスや鯉。アユや鴨(かも)。

あの美女の

小野小町なんて、中華料理のごちそう「熊の手」を食べていたんだとか!

現代人顔負けのぜいたくさですね。

お菓子もいっぱい食べていたんです。

フルーツと中国菓子が貴族のデザート

平安時代 貴族の和菓子・京菓子デザートは、中国から伝来した唐菓子(からくだもの)。小麦粉や米粉を胡麻油であげています。それから、果物。桃や柿や梨、瓜、杏(あんず)などの新鮮なフルーツ。これは、「水菓子」とか「成果物(なりくだもの)」と言われています。

この唐菓子(からくだもの)と水菓子の二本立てが平安貴族のデザートだったようです。今で言えば、香ばしいタルトの横にフルーツシャーベットがついているようなものでしょうか。

なんと、かき氷も食べていた!

平安時代 貴族の和菓子・京菓子この頃、かき氷もあったんです。「枕草子」の清少納言が食べていたとの記録があるんですって!

冷蔵庫がない時代、氷は、氷室(ひむろ)という倉庫に保管される超!貴重品でした。

削った氷に「甘葛(あまずら)」をかけたもの。その頃は、まだ、砂糖が伝来していません。甘みといえば、甘葛煎(あまずらせん)というもの。(アマズラという樹の液を煮詰めたもの)

平安時代 貴族の和菓子・京菓子現代の砂糖のように、くっきりした甘さではないにしろ、ほんのり甘い。それを氷にかけた味。京都の蒸し暑い夏には、最高のデザートだったに違いありません。

その頃には、椿餅(つばきもち)も登場します。

源氏物語に書かれた日本最古の餅です。

蘇(そ)とは?

藤原道長(ふじわらのみちなが)この時代には、蘇蜜(そみつ)というものがあったといいます。これは、現代でいう、チーズケーキみたいなもの。

平安時代にチーズってあったのかって?

あったんです。フランスでは、フロマージュ・ド・ジャポンとも(←これは嘘)。

牛乳を煮詰めた蘇(そ)というものに蜂蜜をかけて食べたりした。藤原道長(ふじわらのみちなが)たちはじめ、貴族の贅沢品だったのです。蘇(そ)については、こちらにも詳しく述べています。

贅沢病?

平安時代 貴族の和菓子・京菓子こんな贅沢な食事をしていながら、貴族達は、病弱でした。それもそうです。過剰な塩気とタンパク質の過食。デザートは、油菓子とフルーツテンコ盛り。

日中は、外に出ず、家にこもって歌を詠んだり、夜遊びしたり。お姫たちにいたっては、薄暗い部屋で、重い衣装に身を包み、日光にあたらない。運動などほとんどしない。

健康も害そうってもんです。

平安時代 貴族の和菓子・京菓子この頃の文学や日記には、不健康な記録が沢山残っています。「生霊」や「もののけ」に取り付かれたというヒステリー。気鬱(きうつ)になって、寝込んで、いつのまにか、死んでしまうという極度の欝病(うつびょう)。いつも泣いてばかりいる、お姫さまや、病弱すぎる、殿さま。

ひきこもって、偏った食事でお菓子ばかり食べてばかりいると、こうなるそうな。身体だけでなく、心も弱る。(現代と少し似ている?)

その間、庶民は、菜っ葉をしっかりとっていたそうです。

次世代。米と味噌と野菜をバランスよくとっていた健康な武士たちが新しく台頭してきます。


※画像は、Photolibraryさまのを使用しております。

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