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日本で一番古い菓子は、果物や木の実だと前述しました。縄文の昔から、日本人は、果物や木の実を食べてきたのです。
栗やトチの実、クルミ、山芋などは、縄文時代の代表的な食べ物です。菓子という概念はなかったでしょう。米が弥生時代に伝来するまで、木の実等は主食でもあったのです。
そのまま食べるだけでなく、アク抜きしたり、すり潰したりし、粉にして、食べられました。これを、縄文粉食(じょうもんこなしょく)といいます。
古代の遺跡から、栗やドングリ、トチの実などで作ったケーキやクッキー、団子が出土しています。形はさまざま。丸いのやら、平たいのやら。ドグロを巻いているのやら…(笑)。団子という菓子の概念は、唐菓子の伝来を待ちますが、原始的な団子のルーツはここからとも言われています。
と思いますが、実は、今でも作ろうと思えば作れるンですよ。作るのに、手間がかかるのですが…。(他サイト どんぐりクッキーの作り方)
昔、京都御苑の秋の森林イベントに参加したことがあります。インストラクターの方が、ドングリクッキーを焼いてくださいました。
香ばしくてなかなかなものでした。その時は、どんぐりに加え、小麦粉や砂糖、バターが入っていました。だから美味しかったのかもしれませんが。
縄文時代は、当然、砂糖やバターもありません。木の実の粉の塊(かたまり)を焼いただけの味気ない物だったでしょう。
しかし、山形県の縄文遺跡からは、塩を使った木の実のクッキーが見つかっています。
木の実を1種類だけでなく、数種類使ったり、山芋をつなぎに使っていたとも。焼いただけでなく、蒸したりもしていたことが、遺跡からわかっています。
お菓子っぽい作り方ですよね。味つけ、という事がはじまっている。この頃になると、味に対する嗜好(好き嫌い)ができていたということです。
そうこうしているうちに、食べられるだけじゃいやだ!オヤツが食べたい、ということを考えはじめるのです。菓子という文化が日本人にはじまるのは、もうすぐです。
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