「京都の和菓子☆ドットコム」に お越しいただきありがとうございます。 こちらは乙女ゴコロにキュンとくる京菓子案内のサイトです。京都の和菓子の歴史と魅力の記事が満載。和菓子用語集もあります。有名店のお菓子を30代女性管理人が試食し、リアル&シビアにレビューレポート。ネットショップの和菓子・スイーツのお取り寄せ情報も御紹介しています。
南蛮菓子が伝わってから、長い時がすぎました。江戸時代200年ほど、日本人は、鎖国というひきこもりの時代をすごしました。
信長、秀吉の時代に、砂糖や玉子を使うという方法が伝わって、お菓子は、変貌しました。しかし、それらは、日本風アレンジされていました。
やってきた黒船。ひきこもっていたかった。しかし、泰平の眠りは覚まされてしまった。新しい文化の波がきた。いやおうなしに、あれよあれよと飲み込まれていきます。
ひきこもっているうちに、世界は変貌していました。世界の覇者だったポルトガル、スペインにかわり、アメリカやフランスが文化のスタンダードとなっていました。西洋菓子も大きく変わっています。新しいスイーツが日本に伝わります。
日本ではじめて、アイスクリームを食べたという記録があります。それは、1860年の日本からアメリカへの使節団。
メンバーには、福沢諭吉(ふくざわゆきち)や、勝海舟(かつかいしゅう)という錚々(そうそう)たる名前が。
その中の一人が、面白いことをやらかしてくれました。
あまりにも美味しくて、懐(ふところ)に入れて持ち帰ろうとした。そしたら、体中ベトベトになってしまったんですって。
感動がわかりますね。
軍隊は、パンに目をつけます。外国の軍隊がパンを保存食にしていたからです。
このパンを新しい時代の和菓子にしたのは、あの、木村屋。パンの中にアンコをいれ、発売したところ、大ヒット。そう、アンパンです。
まさに新時代の和菓子です。
世界は、産業革命を終え、機械で菓子を作ってもいました。日本でも機械で、大量生産をする洋菓子の会社が次々おこります。おなじみの森永や明治もそういった会社です。
東京を中心に、洋菓子が日本中をじわじわ、席巻していきます。バターやミルク、イチゴなどの新しいフルーツや食材が、東京や横浜に集まります。
西洋菓子は、バターやミルクが原料。日本人は、牛を手にいれて、酪農を本格的に開始します。
洋菓子、和菓子、という言い方がはじまったのも実は、明治以降。
それまでは、南蛮菓子や、中国菓子に影響は受けていた。でもそういう区別はしなかったのです。すべて、日本の菓子だった。
なのに、明治という時代になって、はじめて、西洋、日本という区別ができた。西洋文化はこれほどまで日本人に衝撃をあたえた。西洋対日本という文化の対峙がくっきり浮き彫りになったのです。
時代を新しく感じ取った人々が続々と東京に集まります。村上開新堂の初代となる、村上光保という人。京都から、フランス菓子を学びに東京に上ります。
京都では、大騒ぎです。
なんてったって、京都のアイデンティティである、帝(みかど)が東京に行ってしまうんですから。京都は、東京にのぼる店と、残る店にわかれ、それぞれの歴史を作ります。
虎屋(とらや)は京都の御所御用達の老舗でした。が、陛下とともに東京で新スタートを切る道を選んだのです。
京都から東京へ。それはまた、スイーツがハンドメイドから大量生産の機械化へ向かう歴史のはじまりでもあったのです。
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