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牛乳を煮詰めて作るのです。
ちなみに、ヨーグルトは「酪(らく)」といいます。それが堅くなったのが蘇(そ)ね。酪はドロドロ、蘇は、固形物です。
歴史は古く、聖徳太子の時代までさかのぼります。牛乳、ミルクは、飛鳥時代に朝鮮半島より、伝来しました。奈良で酪農もはじまります。蘇の作り方も帰化人(朝鮮や中国からの移住者)から伝わったのです。
聖徳太子は、野菜や魚を食べていた。加えて、この「蘇(そ)」を食していました。チーズはよいタンパク質。なので、バランスのいい食事ですね。賢い人の食事はやっぱ違うわ〜。
(実は、聖徳太子という人はいなかったんだ、という昨今の味気ない実証主義については、おいといてね)
奈良時代になると、蘇(そ)の生産量は増えます。とはいえ、貴重品だったので、貴族など上流社会の人しか食べていませんでしたが。
奈良時代の権力者「長屋王(ながやおう)」は、グルメ。氷室(ひむろ)から氷をとってきて、甘酒に浮かせたりした。木簡(もっかん=昔の木で作ったノートみたいなもん)には、牛乳を飲んでたとの記録があります。もちろん、蘇(そ)も食べてました。
この贅沢な王様、長屋王(ながやおう)は、藤原一族によって滅ぼされるのです。後、平安時代、子孫の藤原道真(ふじわらみちざね)。彼は、更に贅沢が大好きなお人。蘇に蜂蜜などの甘みをつけた「蘇蜜(そみつ)」を食べていました。ほとんどチーズケーキですね。これは。
蘇(そ)の作り方は実にカンタン。ひたすら煮るだけなんだそうな。
この方のサイトに詳しく出ていますので、ぜひ、ご覧あれ。他にも「椿餅」を再現したりして、非常に秀逸。すばらしいサイトです!
蘇(そ)を販売しているお店もあります。
大和郡山の駅でも販売されてました。買おうかどうか、15分くらい逡巡しましが、買いませんでした。
だって、こわい…未知の食べ物…、古代の菓子ですから。(※古代に生産されたものではない。当たり前ですが)買ったらレビューします。(2008年6月ついに買いました)
こういう長い歴史がある、蘇(そ)。なのに、なぜ、和菓子材料として発展しなかったのか?謎です。
それは、仏教と関係があります。仏教は、肉食を禁じました。7世紀に天武天皇という人が言いました。
焼肉したらあかんよ。他にも色々したらあかんよ。もしやったりしたら、牢屋に入ってもらうえ
…いつの時代にも、宗教は、無茶ばかり言う。命令なので仕方ありません。肉を食べるのはタブー(禁忌)となります。乳を飲んだり加工するのも、控えていきます。そうして、牛乳や、蘇の文化は次第に消えていくのです。(表面上はね。裏ではコソコソ食べていた)
そのかわりに、大豆や小豆などの豆類が蛋白(たんぱく)源となって発達していきます。豆こそ、和菓子のベースとなる材料。この命令がなければ、現在の日本独自の和菓子文化、食文化はなかったかもしれません。(もし、牛乳OKの歴史だったら、今日の和菓子はどうなっていたでしょうね。鎖国も意外にしなかったかも?外交的な性格になって、背も伸びて。)
後、牛乳を使った菓子は、南蛮時代にも一時入ります。が、本格的に日本に定着するのは、さらにあと。明治時代。チーズが日本人に馴染むのも明治以降。すき焼きを良心の呵責なく食べられるようになってからのことです。
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