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京都人について、面白おかしく語る時、 「京都の人は、前の戦争(通常、第二次世界大戦)について話す時、応仁の乱の事をいうんだって」という話があります。 その話を聞いたとき、嘘だあ、と笑いましたが、どうやら、本当にそうらしい、 という話もチラホラ。実際、応仁の乱で、京都は本当の本当にひどい焼け野原になって、 歴史の深い京都の老舗関係の人々には、笑い話ではないらしいです。
御霊神社は、平安遷都の年、(794年 なくよ鶯…)桓武天皇が死んだ弟のために、作った神社です。 他も、天変地異や非業の死を遂げた人物が祀られています。 その中の一人、奈良時代の貴族、吉備真備(きびのまきび)が唐から持ち帰ったのが、 「唐板(からいた)」というお菓子。 貞観5年(865)清和天皇が、神泉苑で御霊絵(ごりょうえ) (悪霊疫病退散の厄払いの儀式)を行なった時(これが、祇園祭の起源といわれています)、 疫病よけとして「唐板(からいた)」が配られました。
後、1467年(応仁元) - 1477年(文明9)応仁の乱が勃発。 なんと、この御霊神社で応仁の乱の火蓋が切られたのです。京都中が焼け野原になった戦乱の後、 1477年、京都復興への願いをこめ、この境内に茶店が建てられ、 「唐板煎餅(からいたせんべい)」が復元されました。そのお店が、現代でも、御霊神社前で、唐板を作り続けているのです。
京都では、知らない人がいないほどの門前菓子です。小麦粉と砂糖を使った焼き菓子です。 パリンとした歯ごたえが素朴な小麦粉の味わいです。焼け野原になった京の都の復活を祈るような、 お店の初代店主と京都の人々の心が伝わってくるような、優しい甘さです。 また、焼き色が変わっていて、非常に不思議なまだら模様。 手作りのため、同じ柄はひとつも出来ないのだとか。
明治維新前までは、皇室に皇子が参詣し、必ずこの「唐板煎餅」をお買い上げになったとの事。 現在は、京都では、茶人をはじめ、多くの人々に御霊神社の名物、門前菓子として、 「唐板屋さん」と呼ばれ愛されています。
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